2006年06月29日
 ■  鍼灸按摩マッサージ専門学校のお受験

さて、前回のブログで、鍼灸按摩マッサージ専門学校に入学するために、予備校にまで通ったお話しを書きましたが、今回は実際のお受験は、どんな感じだったのか?について書いてみます。
私の場合は、授業時間や学校見学に行った時の雰囲気から8月末までには、志望校を2校に絞り込んでいました。ひとつは実際に通った「呉竹学園東京医療専門学校」、もうひとつは「後藤学園東京衛生学園」でした。八丁堀の東京医療福祉専門学校や、青砥の鬼木、渋谷の花田学園、大久保の東洋鍼灸専門学校も魅力的でしたが、試験科目に古文があったり(東洋鍼灸)、数学があったり(花田)、授業時間が長すぎたり(鬼木)、遠かったり、土曜日まで学校があったり・・・など、仕事をしながら通うことができる範囲で選んだ結果の志望校でした。

学校選びをしていて、「?おかしいな・・・」と思うのが、同じ資格をとるのにどうしてこうも、授業時間が違うのだろうか? ということだと思います。私が結果的に選んだ学校は、最高に授業時間が短い学校だと思いますが、おそらくその分、夏休みや冬休み、春休みがとっても短かったですから、そういうところで最低限は調整されていたのだと思います。
 さて、実際のお受験の件ですが、私の場合は、東京医療専門学校が一番最初(9月頃)に行う、推薦入学であまりにもアッサリ合格してしまいました。
推薦入学は、高校の推薦書と成績証明書(おまえ何年前に卒業したんだよ! と、自分でつっこみを入れたくなりました)があれば、誰でも受験できまして、試験内容は、小論文と面接のみ。予備校まで通って生物、国語、英語を勉強した身としては、ここで受かってしまったことは「ちょっと悲しい。でもうれしい」という感じでしたが、この予備校では、面接の練習なども行ってくれましたから、そういう意味では、推薦入学で合格できたのも予備校のおかげだったのかもしれません。
小論文のお題は、「患者に気持ち良く対応するためにするべきこと」というようなもので、私は、予備校の先生の教えどおりに、事前に学校見学をしていましたから、学校見学の際に学校の付属の施術所で説明された、施術所で気をつけていることみたいな話しの中から抜粋して書いたような気がします。
 これから受験する人にとって、最も気になるのが、面接の時に聞かれることだと思いますが・・・。私の場合、履歴書を見た面接官(この面接官の先生には後に解剖学を教わりました)に、ニヤッと笑われ、「全く畑違いみたいだけど、なんかストリーがあるの?」と、聞かれました。「はい。忙しくて体調を崩し頭痛→鍼灸でよくなった」という、今ではお得意のこの話し(事実です)は、この時が最初だったような・・・。「今も会社経営しているみたいだけど、学校に通えるの?」と、面接官。「大丈夫です。何でも任せられるスタッフがたくさんいます!」「今も勉強や鍼灸の本ばかり読んで仕事をしていません」というような事を答えましたら、「うらやましいですな~」などと言われ、その後、一部希望か二部希望かを、すでに書いてあるのに聞かれ、終了。「落ちたな」と確信し、がっくりして家路につきました。面接時間は非常に短く、これが私の面接の全会話だったと思います。
 予備校の先生やネットからのお受験情報では、面接では「学費をどうやって払うつもりか?」「在学中にバイトはする予定か?」などについて聞かれるので、「学費は貯金があります」「バイトはせずに勉強に専念」と答えた方が良いなどのアドバイスを受けていましたが、年齢的に一般の質問では現状に合致しなかったのか、そのようなことは全く聞かれませんでした。ただ、「会社経営しているみたいだけど、学校に通えるの?」という質問の奥には、「鍼灸マッサージの勉強は大変だけど、きちんと専念できるのか?」という、意味合いが含まれていたと思われるので、それについては予備校に通っていなかったら「多少大変だとは思いますが、がんばります」と答えていたと思いますが、予備校では、「3年間鍼灸マッサージにささげます」ぐらいなことを表現した方が良いと言われてましたから、的確に答えられ、合格となったのだと思います。
 私も、自分の会社では面接官の立場になることがあるのでわかりますが、確かにこちらが「大丈夫かな?」と思っていることを質問して、「大変だと思いますががんばります」と言われるより、「100%大丈夫です」と、答えられたら、そちらの方を採用すると思います。そういうことなんですよね。よく考えたら・・・また2~3ヶ月の間に鍼灸按摩マッサージ専門学校の受験の季節に入るので、少しでも皆さんのお役に立てればと思い、細かい事も記憶している範囲内で書いていきます。今日はフリーマーケットガイドの締切日なので舌の写真はお休みします。

2006年06月28日
 ■  舌診blogの理由

 このblogを舌診blogという名前にしたのは、現在私は中医学に夢中だからです。鍼灸の勉強をされたことがない一般の方は、知らない方が多いと思いますが、東洋医学・鍼灸治療と一言で言っても、古典に重きをおく経絡治療、西洋医学的な治効理論を重要視する現代的な鍼灸、中国医学による鍼灸など・・・ 色々な診立て、治療方法があります。私は学校に入るまでは、そのような事を全く知りませんでしたので、ただ、同じ3年間を過ごすなら、鍼灸の資格だけでなく、マッサージの資格も取れた方が良いとだけ考えて、とにかく「本科(=鍼灸プラス按摩・マッサージの資格も取得できる科)」を目指して受験勉強を始めました。

当時集めた資料によると、これまで視覚障害者保護のために、鍼灸按摩・マッサージの専門学校の新設を行っていなかったが、2000年より按摩・マッサージはそのままに、鍼灸の専門学校の新設が許可され、乱立の状態になったため、以前にも増して、鍼灸に加え、同じ3年間で按摩マッサージの資格も取得できる本科への入学は難しくなったと、書いてありました。
そのため、私はなんと、御茶ノ水にある、鍼灸按摩マッサージの専門学校受験のための予備校に通いました。その予備校は週に3回で、主要な専門学校の受験科目である生物、英語、国語の3教科を、河合塾から派遣された先生が教えるというスタイルでした。英語は一応留学経験もあり、自信がありましたが、生物は、こんなの高校の時に本当に習ったことあったかしら? という初耳な問題ばかりで、かなり勉強になりましたし、実際に専門学校に入ってからも予備校で学んだ生物の知識が生理学の時間にかなり役立ちました。大学受験の経験がない私にとっては、実は予備校自体が初体験でして、河合塾の先生はとっても優秀でしたから、なかなか楽しい予備校ライフでした。あ~なんか、今日はなぜ、舌診blogという名前にしたのかを書くところまで至りそうにありませんので、とりあえず、今日の私の舌の写真を掲載して終わりにします。今日は不覚にも風邪をひいてしまい、体調は最悪。それを反映して、今日の私の舌は冷えた舌をしております。
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2006年06月26日
 ■  プロフィール

2006年2月25日と26日に行われた鍼灸あんまマッサージ師の国家試験に合格したばかりの、新米鍼灸師です。鍼灸の専門学校に通っている3年間の間には何度となく「なぜ、鍼灸マッサージ師になろうと思ったんですか?」と、聞かれました。
鍼灸マッサージ師は雑誌の編集の仕事以外に初めて自分がなりたいと思った職業でした。それまでは雑誌の編集業務一筋で、特に自分の企画した雑誌を書店で売ること、実売を上げることが目標でした。自分の雑誌を書店で売るという目標は29歳の頃に実現し、その後はずーっと実売をあげること、会社の売上を伸ばすことに専念しておりました。当時はフリーマーケットガイド発行以外にフリーマーケットイベント、リサイクルイベントをかなり大規模に開催しておりましたので、その疲労のせいか頭痛のしない日が無くなり、健康だけがとりえだった私の体調はどんどん悪くなっていきました。数箇所の病因を転々とし、MRIやCTをとって頂きましたが、特に脳に異常は発見されず、「まあ典型的な偏頭痛ですね」と偏頭痛の薬を出して頂きましたが、その薬は効かず・・・。困っていたところに鍼灸と出会いました。鍼灸治療を受けて頭痛が劇的に良くなったわけではないのですが、なんとなく良くなる日が多くなり、精神的に落着いてきました。そして、何より、私が興味を持ったのは鍼灸師さんのライフスタイル。当時、誰にも止められないほど忙しかった私からは、その鍼灸師さんはとってもヒマに見えました。

学校に入って、特に修行に出てからは、鍼灸師の大変さはイヤというほどわかりましたが、当時の私から見た鍼灸師のイメージは、自分のライフスタイルを大切にしながらも、人の役に立てる、なんだかとっても良さそうな職業に見えました。
当時の私は30歳・・・。そうはいっても会社は立ち上げたばかりでしたし、ただなんとなく良さそうな職業だな。と思っていただけで、本当にトライする事になるなんて思ってもみませんでした。
 しかし、それから数年が経過し、37歳の春、鍼灸マッサージの専門学校に入学する事になりました。それからの3年間は会社のスタッフの協力により、会社と学校と鍼灸修行の3足のワラジをなんとか履きこなして、今年の3月無事に卒業となったわけです。このブログはフリーマーケットガイド編集長のブログと一緒に立ち上げましたが、あちらのブログではフリマガイド編集長として、フリマに特化した情報を発信してゆきますが、こちらのブログでは、これから鍼灸マッサージ師になりたい方、癒しの職業につきたいと思っている方に役立つ情報から、鍼灸師の知識を活かして皆様に健康なライフスタイルを過ごして頂くための情報を発信してゆきたいと思っております。